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東京高等裁判所 昭和32年(行ナ)26号 判決 1958年6月24日

原告 若林茂

被告 河野呉朗

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一請求の趣旨

原告は、「昭和三十年抗告審判第二、五一五号事件について、特許庁が昭和三十二年四月三十日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求めると申し立てた。

第二請求の原因

原告は請求の原因として、次のように述べた。

一、被告は、登録第四〇七七六〇号実用新案「ビニール製風呂敷」の権利者であるが、右実用新案は、昭和二十七年六月五日に出願、昭和二十八年十一月十四日に登録されたものである。しかしながら右実用新案は、これに先立ち原告の被承継人である訴外天満芳太郎が昭和二十七年二月二十八日に出願し、その後昭和二十八年十月五日原告においてその権利を譲り受け、昭和二十九年十一月十三日に登録された第四一九九六〇号実用新案「雨合羽兼用風呂敷」と同一の考案に基くものであるから、原告は昭和二十八年十二月十九日被告の右実用新案の登録は、実用新案法第四条の規定に違反し、同法第十六条の規定によつて無効とすべき旨の審判を請求したところ(昭和二十八年審判第四七一号事件)、昭和三十年九月二十三日右審判請求は成り立たない旨の審決を受けたので、原告は昭和三十年十一月十六日右審決に対し抗告審判を請求したが(昭和三十年抗告審判第二、五一五号事件)、特許庁は昭和三十二年四月三十日原告の抗告審判の請求は成り立たない旨の審決をなし、その謄本は同年五月十五日原告に送達された。

二、右審決の要旨は、次のとおりである。

被告の本件登録実用新案の考案の要旨は、「ビニール製風呂敷の隅角部にビニール製の三角形透明片を当て、その周縁を貼着し、その端縁近くに三個の小孔の穿設したビニール製風呂敷の構造」にあつて、原告が引用する登録第四一九九六〇号実用新案の考案の要旨は、「合成樹脂又はその他の防水性透明薄膜資料からなる風呂敷の隅角に合成樹脂等の防水性透明薄膜資料からなる三角片を重ね、その両外側縁を風呂敷の縁に固着し、内側縁はそのまま開口させて三角形を形成させた雨合羽兼風呂敷の構造」にあると認定した上、両者を対比して「前者は後者の考案要旨とする構造の全部を具有しているが、前者はその他に、後者の具有していない構造すなわち三角形袋状部の開口縁に沿つて、三個の小孔を設けた構造を具えており、この小孔はこの物品を雨具として使用する場合及び永嚢として使用する場合の括り紐通しの役をするもので、請求人がいうように、無意味かつ単なる附加的構造とみなすことのできないものである。してみれば両者は全体として同一又は類似なものと認められないから、前者は後者の出願後に出願されたものであるけれども、このためにその登録を無効にすることはできない。」といつている。

三、しかしながら審決は次の理由によつて違法であつて取り消されるべきものである。

被告の本件登録実用新案第四〇七七六〇号は、ビニール風呂敷の裏の角隅に透明三角袋を主体にし、その袋口縁に三個の鉛筆芯大の小孔を透穿した構造を要旨とするものであるが、原告は、この透明三角袋付風呂敷の構造を要旨として、被告の右登録出願日より四ヶ月前の昭和二十七年二月二十八日同年実用新案登録願第四六八四号を以て登録を出願している。すなわち被告は、原告の出願日より四ヶ月後に原告の要旨のビニール風呂敷の裏面の角隅に透明三角袋をつけた構造の三角縁に鉛筆の芯大の小孔三ケを明けただけの差で出願したのである。

しかるにこの透明三角袋を風呂敷裏面の角隅に取り付けた構造(創意)は、原告の出願した昭和二十七年二月二十八日までは、全く社会になかつた独創的の考案、すなわち実用新案法第一条に該当する構造であつた。従つて原告はビニール風呂敷裏面の角隅にこの透明三角袋構造の考案のみを要旨として登録請求の出願をしたものである。

透明三角袋をビニール風呂敷の裏面の角隅に設けた構造を要旨にして、四ヶ月前の先願があつたにもかかわらず、四ヶ月後の後願者が、その先願の透明三角袋縁に、容易に発見しがたい鉛筆芯大の小孔を明けただけで、その効果作用を主張することにより登録されたことは、結局、四ヶ月前の先願者である原告の出願の要旨たる透明三角袋を基礎―土台とすることにより穿ち得る小孔であつて、被告の主張するような登録請求の目的すなわち効果作用を備えた構造たる透明三角袋は、四ヶ月前の出願の原告の創意をそのまま利用し、袋縁に凝視しなければ所在が不明のような小孔を附加したのみで、実用新案法第一条の条文を具備した新規性ある実用化した新規の考案による構造となり得るものでない。

几そ実用新案法規によると、すでに公知に属する構造に附加物を結合することにより特殊の作用効果を新たに備えた構造となれば、その効果作用により、夫々新規の考案を具備するものとしての登録を認め得られるものであるが、本件被告の登録第四〇七七六〇号のように、原告の登録の要旨たる透明三角袋付風呂敷そのままを基礎にし、これに三角袋縁に鉛筆芯大の三個の小孔を透設しただけでは、新規の構造を具備するものとなし得ず、もし原告の出願を一年八ヶ月余にわたり一回の審査もなさず放置した特許庁の側の過誤がなく、原告の出願が先に登録になつていたならば、原告の登録請求の要旨そのままに三ケの小孔を透設しただけに過ぎない被告の出願は、審査上当然公告決定にならなかつたものである。

これを要するに、被告の本件登録第四〇七七六〇号実用新案は、その出願の四ヶ月以前に出願された原告の登録第四一九九六〇号実用新案と同一の構造を有するものであるから、実用新案法第四条の規定に違反してなされ、その登録は無効とさるべきものである。

四、なお原告の本件登録実用新案について、当初天満芳太郎が特許庁に提出した実用新案登録願の記載が、被告代理人主張のとおりであつたが、その後昭和二十八年九月四日現在の説明書記載のように訂正されたことは争わない。

第三被告の答弁

被告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、原告主張の請求原因事実に対し、次のように述べた。

一、原告主張の請求原因一及び二の事実は、これを認める。

しかしながら原告主張の登録第四一九九六〇号は、当初訴外天満芳太郎が特許庁に提出した実用新案登録願には、その名称を「片側ニ三角形透明被膜ヲ設ケタル『ビニール』製雨天『カバー』」とし、その性質、作用及び効果の要領は、「塩化『ビニール』防水性薄膜資料ヨリナル片側ニ三角形透明被膜ヲ設ケタル雨天『カバー』ノ考案ニ係リ、目的トスルトコロハ、常ニ折畳ミテ洋服又ハ折鞄或ハ『ハンドバツク』等ニ納メ携帯シ、不時ノ降雨ノ際裏面角隅ノ三角形透明被膜内ニ帽子ヲ冠リタル上ヨリ被覆スルトキハ、雨天『カバー』ハ頭上ノ帽子ヲ覆ヒ、下法ハ肩ヨリ背ヲ覆ヒ、片側ノ三角形透明被膜ハ顔面ヲ覆ヒ胸部迄垂レ下リ、降雨ニヨリ濡レルコトヲ防グノミナラズ、其ノ透明性ハ、前面及側面ヲ拡角度ニ透視スルコトヲ得ルタメ、見透シト視界広キタメ、衝突又ハ其他ノ歩行ニ際スル危険ナル障害ヲ避ケ得ラル、特徴アル実用的考案ニアリトス」とし、登録請求の範囲には、「図面ニ示ス如ク塩化『ビニール』ノ如キ防水性薄膜資料ヨリナル片側ニ三角形透明被膜ヲ設ケタル雨天『カバー』ヨリナル片側ニ三角形透明被膜ヲ設ケタル『ビニール』製雨天『カバー』ノ構造」(以上原文のまま)と記載され、その出願はあくまでも雨天カバーであつて、風呂敷に関するものとの説明は全然なかつた。しかるに被告の本件実用新案について出願公告がなされた昭和二十八年八月二十日以後になり、天満芳太郎は同年九月四日特許庁に訂正書を提出し、実用新案の名称を、「角隅ニ透明三角形薄膜袋ヲ設ケテナル雨合羽兼用風呂敷」となし、説明書の全文も、前述のものから、風呂敷兼用のように書き改めたものである。

二、原告主張の請求原因三の主張を否認する。

被告の実用新案は、原告主張のように、昭和二十七年六月五日の出願したものであるが、最初から名称を「ビニール風呂敷」とし、実用新案の性質、作用及び効果の要領並びに登録請求の範囲の全部にわたり、公報所載の公告と同一であつて、その出願を訂正したことはない。従つて風呂敷に合成樹脂の三角形透明片を貼着してなる考案は、被告のものが先願である。

被告の登録実用新案は単に風呂敷の隅角にビニール製の三角透明片を貼着した構造のみではなく、その構造と、その透明片の端縁近くに三箇の小孔を穿設した構造を結合して一体となした考案である、この小孔の穿設は一見効用に乏しいように見られ易いが、この小孔を縫うように紐を通し、その紐を結ぶことにより形成される嚢体に、水その他の液体を保持することができることは、登山、旅行等の際予想外の効用をもたらすものであり、急病人等不慮の場合に、応急処置として永嚢に代用することもできる。又重要品を風呂敷包にする際は、この嚢体に収容すれば、最も確実に保持することができ、その効用は誠に大きい。しかも紐は着脱自在であるから、不必要のときは、これを除去すればよい。

これに反し原告の登録実用新案は、元来雨具(ビニール製フード)として考案されたもので、前述のように「帽子を冠つた上からこれを着用し、透明被膜は顔面を覆い胸部まで垂れ下る」ほどの構造をもつものであるから、これを風呂敷に応用するとしても、締び目が厚く硬直し、緊縛することが困難であるから適当でない。

なお被告の登実用新案録の登録請求の範囲は、「ビニール製風呂敷の隅角部に同じくビニール製の三角形透明片を当て、その周縁を貼着し、その端縁近くに三個の小孔を穿設したビニール製風呂敷」の構造であつて、原告のいうように「ビニール風呂敷の嚢の角隅に透明三角袋を主体にし、その袋口縁に三個の鉛筆芯大の小孔を透穿した構造」のものではない。

第四証拠(省略)

理由

一、原告主張の請求原因一及び二の事実並びに原告の登録第四一九九六〇号実用新案について、当初天満芳太郎が特許庁に提出した実用新案登録願の記載が、被告代理人主張のとおりであつたが、その後昭和二十八年九月四日現在の説明書記載のように訂正されたことは、当事者間に争がない。

二、右当事者間に争のない事実と、その成立に争のない甲第一号証の一、二及び甲第四号証の一、二を総合すると、次の事実が認められる。

本件で無効審判の目的となつた被告の権利に属する登録第四〇七七六〇号実用新案「ビニール製風呂敷」の考案要旨は、「その一つの隅角部に同じくビニール製の三角形透明片を当て、その周縁を貼着し、その端縁近くに数個の小孔を穿設したビニール製風呂敷の構造」にあつて、その作用及び効果の要領は、透明片の接着部によつて構成された嚢体に貴重品を容れて携行し、みだりに脱落する虞をなからしめ、また端縁部の小孔に紐を挿し通し或はそのままで、雨具の代用とし、またはキヤンプ生活等においては逆さにして飲料水容器とすることができ、更に前記小孔に細紐を挿し通し、風呂敷と共に三角形透明片の周縁部に結束すれば、氷嚢袋としての使用も可能で、旅行用又は平素の携帯品として万一の用意に備えるに役立つものである。

次に原告の権利に属する登録第四一九九六〇号実用新案については、先に認定したように、説明書の訂正が行われたものであるが、すでに訂正が許容され、その内容に従つて登録がなされた以上、考案の要旨並びに作用及び効果の要領は、最後の説明書の記載によつて認定すべきであつて、該説明書によれば、その考案の要旨は、「合成樹脂又はその他の防水性資料からなる方形風呂敷の隅角部に、合成樹脂等の防水性透明薄膜資料からなる三角片を重ねてその外縁部を互に固着し、内縁部はそのまま開口させて三角形の袋を形成せしめた雨合羽兼用風呂敷の構造」にあり、その作用及び効果の要領として、普通の風呂敷として使用する外、三角袋部が防水透明にしてあるから、これを冠れば、頂部左右側及び前面のみは完全に袋膜で被覆され、眼界を妨げることなく、足許及び左右側方から迫る危険な障害物を容易に避け得るため、交通上の危険災害を予防することができる形態に変る着想に重点を置いて考案された旨が記載されている。

三、原告は、被告の有する本件登録実用新案は、原告の有する前記登録実用新案と同一又は類似の実用新案であり、しかも原告の被承継人である天満芳太郎の出願より四ヶ月後れて被告の出願したものであるから、その登録は実用新案法第四条本文の規定に違反し無効とせられるべきものであると主張するので、先ず右両実用新案が果して同一又は類似するものであるかどうかを判断する。

本件登録実用新案と原告の有する引用登録実用新案とを比較すると、両者は合成樹脂等の防水性資料からなる方形薄片の一隅角部に、防水性を有する三角形透明片を重ねて、両者をその外縁部で貼着し、内縁部を開放して三角形の袋を形成した風呂敷兼用の雨具である点では一致するが、前者は前記袋の口縁部に数箇の小孔を穿設した点で差異を有し、しかもこの小孔は、これに紐を通して雨具の代用とし、又氷嚢等の水容器として使用する目的を有するものであることは、前段において認定したところであるから、前者は後者にない構造を具備し、かつその作用効果においても、後者にないものを持つているものといわなければならない。

すなわち両者の実用新案は、同一又は類似するものとは認められないから、その出願の時期の前後を問うまでもなく、被告の有する本件登録実用新案が、実用新案法第四条本文の規定に違反してなされたことを理由として、これを無効とすべき旨の原告の審判の請求は、これを容れるに由ないものといわなければならない。

四、以上の理由により、右判断と同一に出でた審決には原告主張のような違法は認められないから、これが取消を求める原告の本訴請求を棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決した。

(裁判官 内田護文 原増司 入山実)

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